タイタンの妖女:カート・ヴォネガット・ジュニア
タイタンの妖女
「あまねく時空に存在する者」は果たして「全知全能の神」になれるのか?
これは神のような存在でありながら、神になれなかった男の悲喜劇なのかもしれない。
神とは何か、宗教とは何か、そして人類の進歩とは何か。
地球人の長い歴史には、果たして意味があったのか。そんな大命題に、ヴォネガットがまじめに取り組んで、SF的に解説し、そしてせせら笑いながら提示してくれた答え、という感じの本である。
「幸運の申し子」のような大富豪の息子、マラカイ・コンスタントは「神に近づいた男」ラムフォードの壮大な計画に利用され、その運命を弄ばれる。抵抗することすらできずに、彼は火星に行き、水星に行き、そして遥かタイタンへと旅することになる。
「旅」と一言で片付けるのは、とても心苦しいのだが、彼の苦難の道のりを私の文章力ではうまく要約することができないのだ。まるで手塚治虫の「火の鳥」を全編読んであらすじを書けといわれたときのような気分になってしまう。壮大なストーリーの中の、どんな小さなディテイルも重要な意味がある気がして、どれもこれも省いてはいけない事に思えてしまうのだ。
それでも一点だけ細かいところに触れておきたい。歌だ。
「猫のゆりかご」でも歌が効果的に使われていたが、この作品に出てくる歌もすごい。
Rented a tent a tent, a tent;
Rented a tent, a tent, a tent.
Rented a tent!
Rented a tent!
Rented a, rented a tent.
これは火星軍の行進曲である。
火星軍というのは脳にアンテナを埋め込まれた人々、つまりは究極的に洗脳されてしまった兵士の群れなのだが、彼らの頭の中にひびく音楽はこれなのである。
これには参った。ノックアウトされた。
ドラムの乾いたテン、テン、テンという音が聞こえてくるようではないか。
この愚かで空虚な響きはどうだろう。無意味な言葉の羅列で表現される、凄まじい不気味さ。
こういうところに作者の天才ぶりを見せつけられる気がする。
(『借りちゃった、テント。 ア、テント ア、テント』 と訳されている。こちらも秀逸。)
この音に合わせて彼らは行進し、主人公は操られるまま、ある兵士を処刑する。そして、アンテナから「気をつけ!」の号令がかかると、死んだ兵士もまた「気をつけ」の姿勢をとろうとするのである。ヴォネガットが見せてくれる究極の軍隊の姿に苦笑いしながらも背筋が寒くなってしまう。
長い放浪の果てのラストも詩的で素晴らしい。掛け値なしの傑作だと思う。
☆原題は "The Sirens of Titan"
Sirens=セイレーンはギリシャ神話に出てくる3人姉妹のことで、彼女たちの美しい歌声を聞いた船乗りは気が狂ってしまい、船を遭難させてしまうという。この作品では、タイタンで美しい3人娘が呼んでいるよ、ということだろう。結果は船の難破どころではないのだけれど。
<ハヤカワ文庫> 浅倉 久志 訳
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