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2005/07/30

映画『電車男』と『(ハル)』

映画『電車男』を見ました。
と言っても、もう1ヶ月くらい前なんですが。

怖いもの見たさ的なところもあって、出かけてみたらこれが予想外に面白かったのだけど、まあ特に感想として書くほどのことも浮かばなかったのでしばらくほっておいたのです。

でも今日「くりおねあくえりあむ」さんのところの記事を読んで、頭のなかでもやもやとしていたものがなんだか形になりました。

それは映画(ハル)のことです。(これは自分の中ではたぶんベスト10には入るくらい好きな映画で、以前にも記事を書いています。)

この(ハル)と同じように巧く文字を使っているのに、なにかがものすごく違っているのは何故だろう、とずっと疑問に思っていたのです。それは単にパソコン通信とインターネット時代の違いだけなんだろうかと。

で、気がつきました。

(ハル)では画面で語られる文字と映像の間に大きなギャップがあるのです。
この映画では主人公2人は文字によって相手に伝えたいことだけを書き連ねて行きます。そしてそこには嘘が混じっているのです。それは見得であったり、夢や理想であったり、また相手への思いやりであったりといろいろなのですが、常にそこに「現実はこうなんだけどね。」という映像が付いています。観客はその大きなギャップにこそ心を動かされるのだと思います。
仕事は○○です、という文章には得意先で無理難題を吹っかけられ、苦笑するしかないサラリーマンが写っています。転職したんです、という文章にはストーカーに苦しむ女性の日常が写っていたりします。

文字に現される2人の姿と、現実の2人の姿、この2重写しの隙間が少しずつ埋められて、2人の距離もまた近づいて行くのです。だから最後は現実の2人が出会うところで終わります。

電車男の世界では、2重写しはできません。なぜなら、この2人には現実の姿がないからです。語られた言葉によって想像され、再構築された人間像でしかないのです。女性に至っては、男性の言葉を通した姿しかわからないのですから、たとえ実在しているのだとしても、女性から見て現実感がないのは当然なのだと思います。

『たくさんの人が一緒に見る夢の物語』というところがこの映画のポジションなのかもしれません。そう思ってみれば、こんなに面白い話はそうたくさんはないのではないでしょうか。


☆山田君は「使用後」にカッコ良くなるのだろう、というのが判ってしまうのがちょっと難点ですが、でもあの純な雰囲気がぴったりはまっていました。

☆文字の使い方で言えば、「実はカマかけてたんです」の垂れ幕が下がってくるシーンが大好き。

☆戦闘シーンが意外に決まっていました。岡田君はいい味です。映画化の噂を聞いた時、彼が主役かと思いました。

☆観客がカップルばかりなのが面白かった。(ウチも夫婦でしたけど。)


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(ハル)

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コメント

こんにちは、くりおねです。
トラックバックをいただき、ありがとうございました。

「(ハル)」では「文字と現実の違い」があったけど、「電車男」は「現実はなく、文字の世界をそのまま映像化」したという鋭いご指摘にとても納得です。
たとえ「作り」であったとしても、あれだけ多くの人の心を動かす力のある物語だったからこそ、こんなにいろんな媒体になっても引き続き読まれたり観られたりしてるんでしょうね。大したものです、「電車男」。

「(ハル)」はDVDを買ってあるので、また観たくなりました。

投稿: くりおね | 2005/08/02 00:26

こんにちは。
こちらこそ、コメントありがとうございます。

電車男はたいしたもんですよね、確かに。
彼と彼女が実在していて、幸せになっていると
いいな、と思います。

私的「映画の大好きランキング」では「ハル」の圧倒的勝利ですけどね。私ももう一度見ようと思います。

投稿: じょえる | 2005/08/02 22:26

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