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2005年9月

2005/09/28

100s The Tour of OZ #/Zepp Tokyo

週末、中村一義のバンド、100sのライブに行ってきました。
翌日の26日月曜日がツアー最終日だったのですが、、勤め人の悲しさで日曜日のライブを選んでしまいました。
最初、前から3列目くらいの右サイドにポジション取りをしていたのですが、メンバー登場とともに中央に押されて、最終的には中村君の前の位置に。一義ファンとしては涙もののポジションでライブを堪能しました。
(しかし、「中村君のライブにはなぜか小柄な女性が多くてとても見やすい」、といつも思っていたのですが、今回はデッカイ男子がいっぱいいてびっくり。彼らの後ろにならないようにするのがちょっと大変でしたけどね。)

長いツアーで、中村君は喉に疲れも出ていたようですが、そんな不安も吹き飛ばすような素晴らしいライブ・パフォーマンスでした。バンドももう一皮むけたような感じで、進化したグルーブはまさにB.O.Kで歌われているように「進行形」という言葉がぴったりくるようです。
”K-ing”という曲をライブで初めて聴けたのも収穫でした。「本当にこれ歌ってるんだ、スゴイ」、と感動。曲をご存知の方ならおわかりでしょうが、これ相当難しいですよね。これを作ったのもすごいし歌えるのもすごいです。いやマジで。

"君ノ声"をいっしょに歌えたのも、嬉しかったなあ。

最近はライブに行く前にはいつも、「今回でライブは引退かなあ」と思うのですが、(トシ体力不足のせい(笑))、いざ行って帰ってくると絶対また行こうと思ってしまうのでした。体鍛えろ>自分。

ところで開演前にはメンバーの選んだ曲がBGMとして流れていまして、この日はT-Rexの" Children of the Revolution"がかかっていました。私はこの曲大好きなので、誰のオススメかなあと思っていましたが、ツアーブログによれば、中村君の選曲だそうで、「おんなじ曲が好きなんだ~」と思ってまたもや感激しているミーハーな私であります。


20th Century Boy: Marc Bolan & T. Rex

アマゾンでちょっとだけ試聴できます。
マーク・ボランの声がかわいいと思うのは私だけだろうか?

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2005/09/23

ジョン・レノンが生きていたら65歳。

HAPPY BIRTHDAY,JOHN

生誕65周年ということで、トリビュートアルバムが出るそうです。
前に中村一義、ジョン・レノンをカバーというエントリを書きましたが、あれはこのアルバム用だったのですね。

他にも 忌野清志郎&仲井戸麗市、高野寛、槇原敬之、奥田民生、宮沢和史など私の好きなミュージシャンがキラ星のごとく。(嫌いな人も少し。)

詳しくは公式ページ(東芝EMI)に。

中村くんのOh My Loveは当然ですが、槙原くんのHappy Xmasも、キヨシロー&ナカイドレイチのDon't Let Me Downも絶対に聞きたい!!ということで速攻予約してしまいました。

発売日の9月30日、待ち遠しいです。

【10/5 追記】

予想以上に素敵なアルバムでした。おすすめです。



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2005/09/21

動物輪ゴム


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アニマルラバーバンド


ひょっとしてすごく有名な物なのかも知れませんが、今日はじめてこれを見て
「猫型輪ゴム」にひと目ぼれしてしまいました。

一筆書きの単純な形だけど、猫は確かに猫で、そのシンプルなデザインに感心してしまいます。

こんな輪ゴムなら、大事に大事に使おうという気持ちになりますよね。

「物を使い捨てにしないこと」をデザインによって実現したという、素晴らしいお手本だと思います。

可愛くて輪ゴムとしては使いたくなくなるのが難点、かな?


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2005/09/20

家なき娘:エクトール マロ

家なき娘

【あらすじ】
両親を亡くした少女ペリーヌは、父方の祖父のいるフランスの町マロクールを目指し、たった一人旅することになる。餓死寸前の危機を乗り越えて、目的地に辿りついたペリーヌだが、肝心の祖父は両親の結婚に反対していたため、自分から孫と名乗ることができないのだった。いつか共に暮らせる希望を抱いて、ペリーヌは祖父の経営する工場で働きながら自立の道を探るのだった。


子供の頃に読んだ本がずっと記憶に残っていた。ストーリーそのものはあまり記憶になく、可哀想な女の子が、お金がなくて水辺の小屋で1人で暮らす情景だけが鮮やかに残っていた。葦の茎から靴を作ってしまうところが大好きだった。「靴作ってみたい!!」と本当に思ったのだから。

後になって、アニメ「ペリーヌ物語」を見た時、最初は全くわからなかったのだが、自分で靴を作る場面を見て、「ああ、あれはこのお話だったんだ」と気づいたのだ。
以来、もう一度読みたいと思っていたが、子供向けの抄訳本やアニメ関連の本ばかりで諦めかけていたのだが、最近ようやく完訳版を購入することが出来た。

時代は19世紀。インドがイギリス領だった時代だ。作中でペリーヌは「母はイギリス人」と言っているが、実はインド生まれのインド人である。だからイギリス人とインド人のハーフであるペリーヌは髪がブロンドで、肌が浅黒いのだ。祖父が激しく「結婚は無効だ」とまで怒る理由は相手がインド人であるからに他ならない。
フランスの労働者の貧困ぶりも克明に描かれていて、終盤、ペリーヌが祖父と共に従業員の福祉に尽力する様子など、今読んでも大変興味深いものがある。

不幸な子が最後に幸せになるお話は数あるのだが、この物語の一番の魅力は主人公が自らの知恵と努力、そして意志の強さで自分の人生を切り開いていくことだろう。そしてその幸せを自分だけのものとして満足するのではなく、周りの人々すべてを幸せにすべく、活動する力強さにあるのだと思う。
「アン・ファミーユ」=家族として、というタイトルはペリーヌの祖父が最後に言う言葉だけれど、実は作者自身が家族や人間に対する愛情を込めているような気がするのである。いつか、家族のように皆が暮らせますように、と。

<偕成社>

ペリーヌ物語

個人的には、これこそ「アニメ世界名作劇場」の最高傑作だと思っております。
ハイジでもパトラッシュでも泣きませんでしたが、ペリーヌで号泣しました。


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2005/09/16

航路:コニー・ウィリス

航路
デンバーにある大病院、マーシー・ジェネラル。認知心理学者のジョアンナは臨死体験者の聞き取り調査のフィールドワークを行っている。認知心理学の立場から、蘇生した患者から一刻も早く正確な情報を得たいと病院中を駆け回っているが、この病院には全く別の立場から臨死体験者の経験談を集めて回るモーリス・マンドレイクがいて、彼女の仕事はなかなかうまく行かない。マンドレイクに先回りされると、臨死体験が荘厳な宗教的体験に刷りかえられてしまうのだ。
行き詰ったジョアンナは、擬似的な臨死体験を作り出せる物質を発見した内科医リチャードとともに、被験者を集め、NDE(臨死体験)研究プロジェクトを立ち上げる。
順調に進むかに思えたプロジェクトだが、被験者に問題が相次いだだめ、遂にジョアンナは自らが実験台となりNDEに望むことになる。
何度も聞き取り調査で聞いた「大きな音、トンネル、まぶしく白い光」を体験するジョアンナだが、「この場所を知っている」という感覚からどうしても逃れることが出来ない。「死後に行くはずの場所」についての記憶の謎を解くため、ジョアンナは自らの過去の記憶を探り始めるのだった。


犬は勘定に入れません」でファンになってしまったコニー・ウィリスの作品である。
迷路のような病院内を駆けずり回るジョアンナと、彼女を呼び止めては話したがる人々との追いかけっこや、病院内の人間模様が細かい場面転換で描かれているのを読むと、ドラマ「ER」を見ているような気持ちになる。小説として考えれば、かなり冗長な感もあるが、病院コメディもののアメリカのドラマをまとめて見ているような気分で読めば、楽しいことこの上ない。

そして「臨死体験とは何か」をさぐる主人公が自らを実験台として「死後の世界」を垣間見るあたりから物語はミステリーの様相を帯びてくる。まさかの衝撃で終わる前半、その余韻がさめやらない後半に入るともうページから離れることができなくなる。静かな静かなラストが相当に良い出来だと思う。

認知心理学については良く知らないのだが、要するに「自分の体の外や中の状況を脳はいったいどう受け止めるのかを探る」ということらしい。この作品に出てくるいろいろな「メタファー」を読んで、果たして自分が臨死体験するとしたらどんな場所に出るのだろうかと、いろいろ考えてみたりもしたのだが。(東京タワーに登って「333からトビオリロ」という命令を聞く、雪の中をひたすら歩く、無人島にいて瓶に入れた手紙を流すとか。)
でも、そんなこと想像するだけ無駄なのかも知れないと思ってやめてしまった。
なぜなら、今考えたことが当たったとしても、全然違っていたとしても、私には証明する術がないだろうからである。


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